歌川広重
1797年(寛政9年)- 1858年10月12日(安政5年9月6日)
出生地
江戸八代洲河岸(現在の東京都千代田区)
出没地
江戸
お墓の場所
東岳寺(東京都足立区伊興町)
特技・職業
浮世絵師
主な業績
歌川広重は江戸時代後期の浮世絵師で、風景画の名手として知られています。
- 「東海道五十三次」「名所江戸百景」などの風景画で有名
- 「ヒロシゲブルー」と呼ばれる鮮やかな青色の表現が特徴的
- 木版画で大人気の画家となり、ゴッホやモネなど西洋の画家にも影響を与えた
- 役者絵、美人画、花鳥図なども手がけた
- 肉筆画、摺物、団扇絵、双六、絵本の挿絵なども残した
生涯
歌川広重は1797年、江戸八代洲河岸に生まれました。本名は安藤徳美(あんどう とくよし)で、父は定火消同心(火消しの役人)でした。
幼い頃から絵を描くことが好きで、14歳の時に父が亡くなると、その跡を継いで定火消同心となりましたが、絵への情熱を捨てきれず、歌川豊広に入門して浮世絵を学びました。
初期は役者絵や美人画を描いていましたが、1832年に発表した「東海道五十三次」が大ヒットし、風景画家として名声を確立しました。その後も「名所江戸百景」「六十余州名所図会」など多くの風景版画シリーズを制作しました。
広重の風景画は、四季の移ろいや天候の変化を巧みに表現し、「ヒロシゲブルー」と呼ばれる鮮やかな青色の使い方が特徴的です。その作品は後にヨーロッパでも高く評価され、印象派の画家たちに大きな影響を与えました。
1858年、コレラの流行により61歳で亡くなりました。法名は顕功院徳翁立斎居士です。